おひとりさまライフ 保護猫ちゃんと一緒

田舎の父親同居介護の2年を終え、父から引き継いだ保護猫ちゃんとの田舎生活 母弟父をみとった自分の生活の整理をぼちぼち

頑固おやじを育てたばあちゃん(苦笑)

 今、毒吐き状態から抜け出せず?(;´・ω・) 

猫のちゃーちゃん終日遠吠え問題もからみ、睡眠不足か、このところ私の疲労感半端なく、眠いし、で、ちょっと毒吐き状態がつづきます。親問題、介護問題、等に直面されてない方には、不快かもですので、スルーしてくださいまし。すみませんねえ・・・

<m(__)m>

 

今日は、昨日の記事にいただいたコメントをきっかけとして書きます。

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 ↑ の記事に、ルバーブさんからいただいたコメント↓ いつもありがとうございます。<m(__)m>

 

 何か気の利いたコメントを入れたいと思っても、言葉が浮かばない。お父様の全部を一人で背負うのは荷が重すぎますよ。
 この甘やかされたジジイどもを育てたのはその母親なのだけど、私の父の母親も含めて、そういうツケをどうして娘が背負わなくてならないの。
 リハビリに素直に行ってくだされば良いのだけど。ジジイどもの勘違いのプライドが問題なのですよねえ。デイサービスにしても、それは面倒を見ている家族の負担を減らす意味が大きいのに、全くわかってないのよねえ。 

 

ルバーブさんは、海外ご在住で、アメブロの方のお友達です(今ほぼ放置状態ですが)

ameblo.jp

 

一時期、私が糖質制限、ローカーボにかなりはまっていて、その頃からたくさんのことを教えていただいており感謝<m(__)m>。今でも、多少炭水化物減らす位のダイエットをしたいのだけど、この1年の実家生活で、すっかり糖質三昧になってしまった(;´・ω・)

 

ルバーブさんも、日本にはご高齢のお父様がお一人住まい、一時帰国される際の、お父様話も興味深く拝見させていただいており、同じ年代の男親を持つ身として、いつも共感いただき、たいへん救われております。

父の年代

うちの父は、昭和一桁生まれ、9人兄弟姉妹の末っ子で(いや、11人だったかなあ・・・母も兄弟多かったけど、わかんなくなっちゃった・・・)上の兄様たちは全員戦死したと聞いていて、古い軍服の写真が残っている。じいちゃん(父の父)は、40代で早死にしたらしく、うちの父が子供の頃だったらしいので、あまり覚えていないらしい。父の母は(私のおばあちゃん)85歳で亡くなるまで、それはそれは気の強い人で、最後の10年程同居していた私の母が、とても苦労していたのを子供ながらに覚えている。(嫁姑同居、の時代だったね)ばあちゃんも、夫を早くになくして戦後残った子を持を抱えて、それは大変だったのでしょう。

 

父の様子をみていると、性格がとてもおばあちゃんと似てるんだろう、と思う。大正~昭和初期の日本がとても貧しい時代にたくさんの子供を産んで、育てて、戦争にとられて、おばあちゃんも強くならざるを得なかったのかもですが、おばあちゃんが年を取って、たったひとり残った息子である、うちの父の家族を田舎へ呼び寄せ、同居を始めた頃、私は小学生。それまで神戸に住んでいた私たち一家は、今、私が父と同居している実家の田舎に、家族で引上げ、おばあちゃんと同居、気の強いおばあちゃんで、なんだかあまり好きでなかった記憶がよみがえる・・・

 

母の姿

母は、そんなおばあちゃんの世話で、本当に苦労していた。おばあちゃんが80を超して家の中で転倒して腕骨折をしてからは、あれよあれよと弱くなり、寝たきりのおばあちゃんをほんとに24時間世話をしていた母を、覚えている・・・自営で父と母と二人で家で商売をしていた両親、日中は仕事、合間に父とおばあちゃんの世話、子供の頃に見ていた母の姿は、今思うに、病気にならない方が不思議なくらいの重労働、かつ極度のストレス状態だったに、違いない。 

母の世代は、そんな生活がよくあること、だったのかもしれないけれども、父とも折り合いがわるくなったりして、そんな母に「別れてもいいよ」と何度も言ったこともあった。その度に母は「あんたたちがいるからねえ・・・」と、私と弟のことをもちだしていたけど、中学~高校のころは、そんな母にも、なんでだろう、と思っていたものだ。。。母なら都会に出れば、いくらでも仕事は見つかるだろうに、とか・・・

 

結局、その後、おばあちゃんは自宅で老衰でなくなり、その数年後に母は癌を患い、3年の闘病の末、還暦過ぎに逝ってしまった。あまりに早い母の死は、いまだに時々、亡くなったことを忘れてか、夢か、「ああ、母ちゃんに電話しなくちゃ」と思って、ハッとすることがある。実家を高校から離れて生活をしていた私は、若い頃は、欧州に住んでいたりもしたりで、長いときは2年も親に会わないこともあったので、いなくなってしまった後も、ときどき、母がまだ遠くて生きているような気が、することがある。

それは、数年前に亡くなった弟のことも同じで、若くして癌になり、3カ月で行ってしまった弟も、大人になってから会うことの方が少ないし、やっぱり、時々、弟に相談しなくちゃ、父ちゃんのこと・・・ と、ふとおもって、一人で苦笑いすることが、ある・・・ やれやれ、大丈夫か?ワタシ・・・???(;´・ω・)

母親にしてこの息子・・ 

ああ、どんどん話がずれてきます。↑のルバーブさんのコメントから、父の母、おばあちゃんのことを思いだしたのですが、下記、苦笑しつつも考えちゃいますね~

この甘やかされたジジイどもを育てたのはその母親なのだけど、私の父の母親も含めて、そういうツケをどうして娘が背負わなくてならないの。

 

 今は、まだ若くてご自身のお子さん育てに必死のお母様方、孫の代のことまでは考えられないかもですが、育てた子供がやはり末代にかかわる、ってのは、ありますよねえ・・・

 

私は一人もんなので、何も言う資格はありませんが、今の状況で思うことは、やはりこういう状況(父と娘のお互いにストレスだろう同居生活)を、自分が年老いてしまったら、血縁には負わせたくない、ということで、大学生の甥っ子(亡くなった弟の子)が唯一の血縁になるわけですが、やはり、老後の自分の面倒は見れるくらいの蓄えと、いざというときには、なるべく潔く終わりたい、というのが、今の望みであります。 

毒吐きジェニー、そろそろ脱したいところですが、ちょっと疲労回復をはからねば

 

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